序章
春、昼間は草花が爛々と咲き誇る川原も今は漆黒の闇が支配している。
その闇の中に男が一人何かに取り付かれたように穴を掘っている。
男の足元には人形の様に横たわる少女が一人、その少女の四肢からは血が流れている。
穴が深くなると男は少女を穴に落とし土を被せて行く。
完全に埋まると男は満足したように笑みを浮かべその場を後にした。
第一章
少年は不快であった、何故なら台所から包丁でまな板を叩く音が聞こえるからである。一般の家庭では普通かもしれないが彼の家ではまず無い事だ。彼の両親は数ヶ月前に商社を起こし15歳の息子を置いて海外へ出かけたままだからだ。
少年の名前は近江晋吾、今日から市内にある私立小野崎高校の一年生だ。
晋吾は台所から聞こえてくる音に苛立ちを募らせながらベッドから跳ね起き素早く着替え音源へと足を進めた。
「お前ら何やってんだ!」
怒鳴りながら勢いよく台所へ入るとエプロンを着け髪を二つに分けて結っている世間では「可愛い」という分野に入る女の子と同じくエプロンを着け(しかも可愛らしい花柄の)短い髪を無理やり二つにくくり角のようになっている野郎が振り返った。
「なあに朝から大きな声出して、近所迷惑じゃない」
「そうそう、少しは周りのことも考えて行動しなさい」
この二人は晋吾の幼馴染で女の子は長沼恵、男の方は高山啓太、幼稚園から高校一年の現在まで続いている腐れ縁である。因みに彼らの両親も晋吾の親と一緒の会社に勤めており留守がちなのだ。二人は晋吾の両親から「晋吾を宜しく♪」と言われ鍵を受け取っている。だから勝手に入ってきてはくつろいだり食事をしたりしている。
「はぁ……お前ら何回勝手に入って来るなって言えばわかるんだよ」
「まぁまぁ、いいじゃないか、今日も朝飯作っといたから」
「作るってお前ら毎日炭化したトーストと薄いカフェオレしか作ってないじゃないか」
「でも今朝のトーストは大丈夫、半分しか炭化してないから」
そう言って恵はトーストを台の上に置いた、そのトーストは見事に二色に分かれていて半分は生地の色もう半分は真っ黒だ。
「まぁ半分しか焼いてないだけだけどな」
「同じじゃねえか!いや、そういうことじゃなくて、どうせ作るんなら他モノも作ってくれっていうことなんだけど」
晋吾が言い終わると同時に啓太の張り手が晋吾の頬を打つ。
「贅沢言うんじゃありません!作ってもらえるだけありがたいと思いなさい。お母さんだって作りたくて毎朝作ってるわけじゃないんですからね!」
「じゃあ作んなよ!ってか母さんじゃねぇよ!」
「何ですかその口の利き方は。そんな子に育てた覚えはありませんよ!」
啓太が目頭に溜まった涙を拭うような仕草をする。
「はぁ……もういい、お前と話してると今日使うエネルギー全部使っちまう。」
晋吾は諦めたようにトーストの焦げてない部分を食べ始める。
「ところで晋吾、こんなにゆっくりしてていいの?もう8時半だけど」
恵は壁に掛かっている時計に目をやりながら聞く。
「っえ、もう8時半! ?メシなんか食ってる時間無いじゃないか。お前らも何のんびりしてんだよ!」
晋吾は身を見開いて時計を見て慌ててイスから立った、今日は3人の通うことになった小野崎高校の入学式なのだ。
「いやぁ、昨日まで春休みだったからつい」
「お前らがのんきにメシなんか作ってるからだろ!あ〜もう間に合わねぇ……」
「(嗚呼、海の向こうのお父さんお母さん、どうしてこんなヤツらにこの家の鍵を渡してしまったのですか。)」
晋吾は窓から見える日本晴れの空を見上げ海の向こうの両親を恨む。
「まぁまぁ、旅は道連れって言うじゃない」
晋吾の肩を叩きながら恵が言う。
「お前らとは御免だ」
「まぁ酷い、お母さんは……」
啓太がまたもや「お母さん」モードに入りそうなので晋吾が遮る。
「ほら、そんな事より急ぐぞ」
晋吾はそう言いながら学校指定の靴に足を入れさっさと出て行く。
「あ、まってよ」
先に行ってしまった晋吾を二人が追う。
三人はまだ通いなれていない通学路を走り出した、ここまではいつもと何ら変わらぬ朝だった。
小野崎高校は三人の住む本山市内にある一風変わった私立高校である、この学校は『単位制』というものを採用しており、最低修学年数も無く、登校は土日のみだ。そしてこの学校は入学年齢の上限がないのであらゆる年齢の生徒が在学している。例えば車イスにのったお爺さんや、エプロン姿の主婦までいる。
何故、三人がこの高校に入学したかというと、それは金銭的な理由だった。前に述べたように三人の親は家には居ない。そして子供に仕送りもしていないのだ。理由を問い詰めるために電話をしたところ「高校生なんだから自分の生活費ぐらい自分で稼ぎなさい」と言われ一方的に切られてしまった。なので、3人は全日制の高校ではなく平日を休みとできる単位制をえらんだのだった。
「ま、間に合った」
肩で息をしながら3人は校門をくぐり、桜の花が咲き誇る校庭の傍を走り抜け入学式の行われる体育館へと入っていった。館内は混雑しておりざっと見ただけで千人はいそうだ。3人は適当な席を見つけ座り一息ついてから話し始めた。
「話には聞いてたけど凄い人数だよな」
周囲を見渡しながら啓太が言う。
「そうね、去年は全校生徒が5千人だったんだって」
「でも新入生のほとんどがおっさんとかなんだよな。気のせいか加齢臭が……」
晋吾は慌てて啓太の口を抑えたが聞こえていたようで周囲にいたサラリーマン風の中年が数人冷たい視線を投げてきた。
「バカ!お前周りのこと考えて言え」
「そうよ、ホントのことでも口にだしていい事と悪いことがあるのよ」
恵のその言葉にまたサラリーマン風の男達の視線が集まる。
「す、すみませんすみません」
晋吾は周囲に頭を下げるが2人は気にもかけていないようだ。
「情けない、そう簡単に頭をさげるなんて……」
「誰のせいだよ誰の……」
晋吾が言うと同時にマイクを持った教師が現れた。
「えー、只今から第15回、小野崎高校入学式を開催致します、始めに……」
退屈な先生や市の役員の話が延々と続き入学式が終わった。
「あ〜、やっと終わったか」
啓太が背伸びをしながら青空を臨む。
「なに言ってんの、啓太始めから寝てたでしょ」
「あ、ばれてた?」
啓太は悪びれもなく言う。
「横でグーグー言ってたら嫌でも分かるわよ。どうせ夜更かしでもしたんでしょ」
いやぁ、ちゃんと寝てんだけどね。どうも話を聞いてると眠くなって……」
どこか遠い目をしながら言葉を濁す。
「お前は昔からそうだったよな、毎回全校集会では熟睡してたし。いい加減成長しろよ」
「そいつぁ無理ってもんだ。ま、いいじゃねえか。
たいした問題じゃないし、誰に迷惑をかける訳でもないだろ。そんな事はいいから、早く帰ろうぜ」
そう言い啓太は校門へと歩き始める。晋吾と恵みも後に続く。
「ま、学校にいてもする事ないからな」
「じゃあこの後ちょっと付き合ってくれない?どうせ暇でしょ」
遊びに行くのも悪くない。だが、啓太はともかく晋吾はまだ春休み気分が抜けていないので猛烈に眠かった。
入学式の間眠らなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
「悪いけど俺はパス。帰ったら寝る」
「俺もパスな。面倒くさいし。また今度にしようぜ」
「しょうがないわね。じゃあ今日はいいから次は付き合ってよね」
そう言いながら頬を膨らます。こうゆう子供っぽいところは昔から変わっていない。
「わかってるよ。何か買いたいものでもあるのか?」
「うん、ちょっと服をね。高校生になったわけだし服も高校生らしいものにしなきゃね」
「(だれもお前の服なんか気にしちゃいねえよ)」
小声で言った啓太の発言を恵みは聞き逃さなかった。そこからの恵の行動は素早かった。
目にも留まらぬ速さで啓太の前に回りこみ胸倉を掴み校門の脇にある桜の木に押し付けた。
「うお!っっ相変わらずお早い動きで」
「啓太君?今なんていったのかなぁ?怒らないからお姉さんに聞こえるようにはっきり言ってくれないかな?」
「いやぁ、恵さんはいつもお美しいと言っただけですよ」
「あらそうでしたか?私の耳にはその単語は聞こえませんでしたが」
この二人の茶番劇はいつものことなので晋吾は相手にせず先へ進んでいる
「おい晋吾、助けろ!聞こえてんだろ」
「あらあら、貴方の声は晋吾さんには聞こえてないようですわね。これでじっくり……」
「うわあああぁぁぁ」
啓太の声が春の町に響き渡り「ドン」という音と共に桜の木から花びらが舞い散る。