第二章
入学式から二日後、三人は市内の大通りを歩いていた。
恵が服を買いたいということで、強制的に二人を連れ出したのだった。
一軒目の店では一時間店内を物色した挙句何も買わず。二軒目の店でも時間を費やしただけに終わり、それが三軒目、四軒目と続いた。
「おい、いったい何軒回るつもりなんだ?」
昼食の為に入ったファーストフード店で晋吾はコーラを啜りながら聞いた。
「何軒って、気に入ったのが見つかるまでよ」
「はぁ!? マジかよ!」
「うん、マジ」
悪びれる様子も無く答える恵に反論する気を無くした晋吾はおとなしく空腹を満たすことにした。
「ところで、二人とも部活は入るのか?」
自分の分を食べ終えた啓太は晋吾のポテトに手を伸ばしながら言った。
「いや、まだ何も考えてないけど。恵は?」
「私もなにも、というか何があるのか知らないし」
恵みも晋吾のポテトに手を伸ばしながら答える。
「俺もどんなのがあるか詳しくは知らないんだけど、数はかなりあるらしいぞ」
「かなりあるってどのくらいだよ」
「数までは知らないけど数は多いんだってよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ帰ってから資料見てみようよ。それから決めよ。」
そう言うと恵はトレーを持って席を立った。それに続くように二人も立ち上がり店を出た。
それからまた店を三軒ほど物色し空が赤く染まり始めた頃、結局気に入るものが無く何も買わずに帰路に着くことになった。駅への道を歩いていると前方から人が走ってきた。先頭をきって走っている男は物凄い形相で走っているので道行く人は皆道を譲り、背中を眺めている。後を追いかけているのは高校生くらいの男女で手には縄やら手錠やらを持っている。しかし晋吾は彼らの存在には気づかずに先に走っていった男の背中を眺めている。
「すみません! 前の人どいて〜!」
という声に振り向くと眼鏡をかけた少年が突っ込んできた。晋吾は反応できるはずも無く眼鏡の少年と衝突した。
「痛た……だ、大丈夫ですか? すみません、追うのに必死になってたものでして、本当に申し訳ありません」
「いや、こっちこそよそ見していたので。気にしないで下さい。」
少年は頭を地面につけ謝罪の言葉を述べる。
晋吾はあまりの低姿勢に怒る気もなくしてしまった。
「こいつは頑丈なんでちょっとやそっとじゃ怪我なんてしませんよ。
それよりもお連れさん行っちゃてますけどいいんですか?」
啓太は晋吾を起こしながら彼らが走って行った方向を指差す。
「あっすみません、僕行かないと。ホントすみませんでした」
そういうと少年は全速力で後を追っていった。
「なんだったんだ? 一体」
「さあね、多分ケンカか何かじゃない?」
「それにしてはなにか変な取り合わせだったような……」
「そんなこと気にしてないで帰ろうぜ」
そう言うと啓太は二人の背中を押し駅の方へ向かって歩き始めた。
帰宅した三人は夕食をすませ、先日の入学式でもらったパンフレットを眺めていた。
「へぇ、変わった部活がいっぱいあるのね」
「うん、良くこんなのが許可を取れたなってのが多いな」
「あぁ、特に際立ってるのが『ぜんまい部』、『探偵部』、『資格取得部』……どんな活動してんだよ」
啓太がピックアップした部活を晋吾と恵が調べていく。
「えっと、『ぜんまい部』の主な活動内容は『ぜんまい仕掛けのおもちゃを心の底から愛すること。』と『ぜんまい仕掛けのおもちゃを保護、保存し地域に広める事。』だって」
「それ一番目の活動内容いらないんじゃないか? 探偵部は『探偵活動』としか書いてないぞ。『資格取得部』は『ありとあらゆる資格を取得すること』ってそのまんまだな」
三人はこの後もパンフレットを眺めていたが他に面白いものも見つからなかったので床に着くことにした。
土曜日、この日は週に二度ある学校の日だ。三人の通う学校は通常の学校とは違うということは前章で紹介したので詳しくは書かない。
今日から授業も始まり通常の学校生活が始まったが、晋吾と啓太は真面目に講義を受ける気も無く席に座り、只窓の外にある緑色の葉が混ざり始めた桜の木を眺めていた。
そんな調子で一日が終わり、廊下を歩いていた晋吾達の目に見覚えのある眼鏡顔が目に入った。
「あ、この間の」
と呟いたのが聞こえたのか向こうも晋吾に気づき、近づいてきた。
「いやぁ、先日はすみませんでした。この学校の生徒だったんですね。驚きました」
「あ、いえ、こちらこそすみませんでした。あ、俺一年の近江晋吾です。
こっちは同じ一年の高山啓太、でこっちが同じく一年の長沼恵」
晋吾が紹介すると啓太と恵は軽く頭を下げた。少年もつられて頭を下げる。
「僕は二年の毛利輝樹です。輝樹って呼んでください。宜しく」
「こちらこそよろしくお願いします。ところで先輩、一つ聞いてもいいですか?」
「え、はい、なんでしょうか。もしかして先日の事ですか?」
「はい、そうです。何で人を追いかけてたのかな。と思いまして」
「話せば長くなるから手短にはなすけど。僕探偵部所属なんだよ」
「「「え、探偵部?」」」
輝樹の口から予想外の単語がでたので三人は驚いた。
「意気が合ってるね君達。そうだけどなにか?」
「いえね、俺達探偵部って少し気になってたんですよパフレット見ても『探偵活動』としかかいてないし」
「あらそう、じゃあ部室でゆっくり話してあげましょうか」
晋吾が言い終わった瞬間背後から声がした。驚いて振り返るとそこには美少女が立っていた。
美少女といっても『美が少ない女』ではないのであしからず。
「始めまして、探偵部の副部長の香曾我部麗佳と申します」
「あ、先輩こんにちは。えっと、こっちが一年の……」
「知ってるわ、さっき聞いてたから。近江君に高山君に長沼さんね、探偵部に興味があるんでしょ、どうぞ見学して行って下さい」
そういうと部室があるらしい方向へ歩いていってしまった。
「ごめんね、ちょっと強引なとこがある人だから。でも見学にはおいでよ、結構楽しいと思うから」
「二人ともどうする?」
「まぁ、見学だけならいいんじゃない」
「そうだな、まあ興味はあったし」
「決まりだね。じゃあ、こっちだからついて来て」
そういうと輝樹も部室の方へ歩き出す。三人もそれに続いた。
この学校はやたらと面積が広く、晋吾たちがいた教室棟から部室のある部室棟へは歩いて5分の距離だった。部室へ着くと「さあ、どうぞ」と扉を開いてくれたが晋吾は足を踏み出すことができなかった。晋吾の眼前には壁には鹿の首の剥製、床には絨毯が敷き詰められたどこぞの社長サンのプライベートルームのような部屋だからだ。
「どうしたの、はいってらっしゃい」
と呼ぶ麗佳の声に我に返り部屋へ入っていく。
中に入るとその豪華さが増したように見える。ソファーはフカフカで外国製のようだし、机も年代物のようだ。そしてこの『社長ルーム』の奥に一人の少年が佇んでいた。しかし晋吾は内装に目をとられて麗佳がその人物に声を掛けるまで気づかなかった。
「南部部長。見学者を連れてきましたよ」
南部部長と呼ばれた少年がこちらに歩み寄ってき口を開いた。
「こんにちは、この部の部長の南部義隆だ。宜しく」
「よ、宜しくお願いします」
晋吾達は本日二回目の自己紹介を済ませたのち本題に入った。
「あの、さっき輝樹先輩に聞いてたんですけど先日駅前で何をしてたんですか?」
「ああ、この間のか。あれはストーカーの被害に合っていた女性からの依頼で捕まえてたんだ」
「え、ストーカーのですか、そういうのは警察がするんじゃないんですか?」
「警察は実際に被害が出ないと動いてくれないからな、被害が出てからじゃ遅いからってことで俺達のところに依頼が来たってわけだ」
義隆は少し得意げに見える。
「それで、この間は罠を仕掛けて捕まえようとしたんだ、でも案外勘のいい奴で寸でのところで逃げられてね、あとは君達の知る通り追いかけっこって事だ。勿論ちゃんと捕まえたけどね」
「そうだったんですか……なんだか面白そうですね」
啓太の心が揺れ始めた。さらに南部は話を続ける。
「まあこんな事件らしい事件はそんなに起こらないがな。普段は犬や猫探しとかこれも滅多に無いが浮気調査とかだな」
言い終わると南部は晋吾達に近寄り言う。
「どうだ、我が部に入らないか?」
正直晋吾はこの『探偵部』という非日常的なものに魅力を感じないでもなかった。
しかし、彼にはやるべきことがある。それは生活費を稼ぐと言う事だ。そのためにこの学校に入学したのである。そしてそれは彼だけではない、啓太と恵みも同じなのだ。そのことはもちろん彼らもわかっているはずだ。そう思っていた。しかし、彼らの口から出た言葉は晋吾の予想していたものとは180°違うものだった。
「「入部します!」」
二人は元気良く口をそろえて答えた。
「そうか入部してくれるか。おい、輝樹、入部届けを出してくれ」
「はい、ええと……入部届け入部届け」
そう言いながら輝樹は部室の奥にある書類棚へ向かい二枚のまだ記入されていない入部届けを二枚持ってきた。
「ありがとう。じゃあこれに住所氏名と学年を書いてそれから……」
「ちょっとまて、お前ら、何考えてんだ。部活なんかできるわけないだろ? 俺達は生活費を稼がにゃならんのだぞ!? 分かってんのか?」
南部の声を遮り晋吾が怒鳴り上げる。しかし、晋吾の様子とは裏腹に二人は実にあっけらかんとしていた。
「忘れてた」
「そういえばそういうことになってたわね」
「お前ら……頼むから忘れてくれんな」
二人の間の抜けた返答に晋吾は頭痛を覚える。
「あー、君達の事情は知らんがウチの部は理事長の趣味でやってる事務所みたいなものだから一応バイト代はでるぞ。
しかも下手な所でバイトするよりも良いとおもうぞ」
南部のこの言葉に二人の目が輝く。
「問 題 解 決」
「晋吾も入ろうよ。折角なんだし」
恵の提案には乗りたいが一度反対した手前簡単に手のひらを返すようなことはできない。
「いや、俺は入らない。一人でバイト先を探す」
断固として拒否する晋吾に麗佳と輝樹が近寄ってきた。そして低い調子で語りかけてくる。
「悪いことは言わない、何かある前に素直に入部した方がいいよ」
「その通りよ、ほらそこにカルナチャスブリ族の木彫りの像があるでしょ?その像の目は監視カメラになってるのよ」
麗佳が指差す方向には大きな棚がありそこにはいくつもの像が置いてある。どれがそのカルナチャスブリ族の像かは知らないが一つだけ像の目がガラスでできているものがある、この像は屈強な男が独特な形をした剣を携えている。恐らくこれがカルナチャスブリ族の像なのだろう。
「そのカメラの映像は録画されててね、多分君の事も明日あたりには知られてると思うわよ。ウチの理事長は欲しいと思ったものは何が何でも手に入れるから」
「で、でも、俺のことを欲しがるとは限らないじゃないですか」
「残念だが、俺の見立てでは君は間違いなく理事長の好みだ」
「え? 好み……?」
「理事長はストライクゾーン広いですからね」
「それって、もしかして……」
探偵部の面々の言葉に晋吾が動揺していると構内の各所に設置されているスピーカーから女性の声が流れてきた。
「探偵部の部員は至急理事長室まで来てください。理事長がお呼びです」
「お呼び出しがかかったか、悪いがこの続きはまた今度にしてくれ」
そういうと南部は足早に部室から出て行ってしまった。
「ごめんなさいね、話してる時間ないのよ、理事長は時間に厳しい人でね。また明日部室に来てくれる? いいわね」
そういい残し麗佳も義隆の後を追う。輝樹もそれに続く。
「そういうことなんだ、悪いけど鍵閉めておいて、明日返してくれればいいから」
不意に輝樹から投げられた鍵をなんとかキャッチする。
残された三人は駆けてゆく三つの背中を眺めていた。西向きの窓から夕日が差し込むなか暫しの沈黙が続いが啓太がその沈黙静かに破った。
「……帰るか」
「そうだな」