第三章

 

翌日、化学の講義を受けていた晋吾は昨日の義隆の言葉を思い出しており酸素が炭素と結合しようがすまいがどうでもよかった。

 

「(理事長の好みって…いや、でも南部先輩の見たて違いってこともあるし。でも三年生って事はある程度は好みを知ってるんだよな。じゃあやっぱり……)」

 

「ねえ晋吾、さっきから何ぶつぶつ言ってるの?里見のやつこっち睨んでるよ」

 

晋吾の顔を覗き込む恵に気づき我に返る。教師の方を見ると確かにこちらを睨んでいる。階段状の教室なので一番後ろに陣取る晋吾を見ているのはすぐにわかる。

 

「え、声出てたか?ってかそんなに大きかった?」

 

「声はそんなに大きくなかったんだけどね。晋吾当てられたのに答えなかったからだよ」

 

「俺当てられたの?気づかなかった……何で教えてくれなかったんだよ」

 

「教えたよ、でも下向いたままぶつぶつ言ってるだけだから代わりに私が『近江君は今自分だけの世界にお出かけしてるので無理です』って言っておいたよ」

 

恵の顔は「私に感謝しろ」と言わんばかりの笑顔だが恵のおかげで晋吾は教師の里見とこの教室にいる人間(恵と睡眠中の啓太は除く)に〔変な奴〕と記憶されてしまっただろう。そう考えると感謝する気にはなれない。

 

「ところで、何考えてたの?複雑な顔してたけど」

 

「え、それは……ここではちょっと……」

 

まさか理事長がゲイではないかと疑っているとは言えまい。ここは教室、話に聞き耳を立てる者がいないとも限らない。

 

「なんで?何かまずい事なの?大丈夫だよ、誰も聞いてなんかないから」

 

「駄目だ、壁に耳あり障子に目有りっていうだろ」

 

「障子にメアリー?」

 

「目有り!障子にメアリーって障子にメアリーが張り付いてるのか?ってかメアリーって誰だよ」

 

思わず声を張り上げた晋吾に教室中の視線が集まる。啓太も目を開け晋吾を見ている。

しかし、すぐに目を閉じ夢の中へと戻った。啓太が目を閉じると同時に顔を赤くした晋吾は腰を下ろす。これでまた晋吾の〔変な奴〕という認識は強くなっただろう。

 

「何やってんの、急に大きな声出して」

 

「お前がださせてんだろうが」

 

「まぁ、人のせいにするの?最低」

 

恵の人をおちょくっているとしか思えない態度に晋吾はまた声を荒げそうになったが晋吾を見るいくつもの目に気づき吸い込んだ息をそのまま吐き出す。

 

「はぁ……とにかく、この授業が終わったら話してやるからそれまで待ってろ」

 

「わかったわよ。まぁあと10分だしね」

 

それからの10分間、晋吾は黒板に書かれた呪文のように羅列された言葉を一点の汚れもなかったノートに写すことに専念した。授業の前半に書かれたところはすでに消されているので後で恵に写させてもらうことにする。

 

10分後、机に伏せていた啓太をたたき起こした二人は校舎の外にある中庭を歩いていた。

 

「なぁ、どこまで行くんだよ。早いとこ昼飯にしようぜ」

 

先を行く二人に啓太は声を投げかける。

 

「私もそうしたいんだけど晋吾がまだ場所が悪いって」

 

「場所?そんなのどこでもいいだろ。何が悪いんだよ」

 

「いや、ここは人が多いんだよ。もっと奥に行かないと」

 

「奥!?ま、まさか人気のない所に連れて行くつもり?」

 

啓太は立ち止まり両手で口を塞ぎ驚いてみせる。

 

「あ?まぁそうだけど……」

 

「いや!そんな所に連れ込んで何するつもり!?恵ちゃん、こんな人について行ったら何されるかわかったものじゃないわよ!」

 

「何もしねぇよ!話があるだけだよ」

 

「恵に何もしないって事は……ま、まさか『俺、実はゲイなんだ。啓太、ずっと前からお前のことが……』って話!?ごめん、俺そういう趣味じゃないから他当たってくれ」

 

啓太の突っ込みどころ満載の言動に若干の目眩と頭痛を感じ額に手を持っていく。

 

「どうしたの晋吾、頭でも痛いの?」

 

「ああ、どっかの馬鹿のせいでな」

 

恵の問いに啓太を睨みながら言う。晋吾の視線に気づき頬を赤らめて見せる啓太を見てますます頭痛が酷くなる。

 

「馬鹿は放っといて先いくか」

 

「そうね」

 

「何だよ冷たいな、もうちょっと反応してくれてもいいだろって置いていくなよ!」

 

啓太を置き去りにし先を行く二人に言葉を投げかけるが二人は気にも止めず足を進める。

急ぎ後を追いかけ二人が入っていった庭園のような場所に入るとその奥には小奇麗な東屋が建っていた。啓太が東屋へ入るとすでに二人は座って啓太の到着を待っていた。

 

「遅かったな、じゃあ話を始めるぞ」

 

「ここまで勿体つけたんだから当然面白い話よね?」

 

「ちょっと待て、話って何の事だ?メシ喰いに来たんじゃないのか?」

 

一人膝の上に弁当を出し今まさに包みを開こうとしていた啓太が目を丸くする。

 

「ああ、そうかお前さっき寝てたもんな。大した事じゃないんだけど……」

 

晋吾は昨日から考えていた理事長のゲイ疑惑を話した。恵は若干笑を堪えている表情だった。啓太は弁当を食べながら耳だけを傾けていた。

 

「……と言うわけなんだ」

 

「晋吾が好みかどうかは置いといて。確かに教師も顔が良い人が多かったし南部先輩も毛利先輩もタイプは違うけど美少年って感じだったわね」

 

恵の言う通り南部は顔立ちの整った二枚目で毛利は少しばかり頼りない面持ちだが優しい顔をしている。

 

「その点お前は『美少年(笑)』って顔だよな」

 

「失礼な」「失礼ね!」

 

二人の声が重なり同時に啓太の両頬に拳がめり込む。

 

「え?なんで恵まで?」

 

「いや…その… (笑)じゃなくて(泣)って顔だって言いたかったのよ」

 

「どっちにしても変わらない様な」

 

恵の言葉と薄紅色に染まった頬を見ればどういうことか容易に想像が付こうがこの二人の暗愚にはそれがわからなかった。

 

「いいから!ほら、お昼たべるよ」

 

「でも俺もう食べた……」

 

「なら学食で買ってきなさい!」

 

「は、はい!」

 

理不尽な命令と威圧を受け啓太は東屋を飛び出し走っていった。

 

「ふう。さ、食べよ」

 

「あ、あぁ」

 

啓太が東屋を飛び出した途端恵の態度は一変し元に戻った。だが晋吾はまだ恵の畏怖の念に怯えていた。

晋吾がビクビク震えながら箸を進めていると不意に外から足音が聞こえてきた。晋吾はこの状況から脱出できると思い顔を上げた。だが東屋の入り口に立った人物の顔に晋吾の俄な希望は崩れ去った。

 

「お、いたいた。ん?なんだ昼間から二人っきりで、デートか?」

 

「え、そんな……」

 

「違いますよ。只昼飯喰ってるだけです。南部先輩こそどうしてこんな所にいるんですか?」

 

冷やかしの眼差しで南部に苛立ちを思えながらも平静を保ち聞く。弁当をたべながら。

 

「何故俺がここにいるかって?それは君を探していたからだよ。近江晋吾君」

 

「え、俺?……何の用ですか?」

 

予想外の指名と先ほどまで話の題材となっていた人物の名前に晋吾は驚愕する。

 

「理事長がお呼びだ。すまないが今日の放課後理事長室へ行ってくれ」

 

「理事長ですか。一体なんの用ですか?」

 

「さあな、俺は只連れて来いと言われただけだからな用件までは知らん。じゃあ俺はこれで失礼するよ。……邪魔したな」

 

南部は話終えると最期に二人に向け不適な笑みを残し去っていった。

 

「なんか終始勘違いしてたなあの人。ってか理事長が俺に用事って何だよ。……あぁもう嫌な想像しかできねえよ!」

 

「大丈夫だよ(たぶん)悪いようにはならない(はずだ)よ」」

 

「所々聞こえずらい所があったけどまぁいいか。取敢えずいつでも逃げ出せるようにはしとくか」

 

「それでいいんじゃない、用心に越したこ事はないし。まぁ今はご飯食べましょ。考えるのは後にしてさ」

 

晋吾もそれに同意し再び箸を進め始める。

二人が食べ終わり談笑に興じていると啓太が息を切らしビニル袋を提げ帰って来た。

「た、ただいま。疲れたぁ」

 

「お帰り、遅かったね。私達もう食べ終わっちゃったよ」

 

「そんなご無体な!」

 

泣きまねをしながら柱にもたれかかる啓太にこの時ばかりは同情を禁じえない。

 

「演技はいいから早く食べたら?昼休み終わっちゃうよ」

 

「……はい」

 

元気の欠如した啓太は気の毒だがこれはこれで静かで良い。

買ってきたおにぎりを頬張っている啓太を置き恵みは東屋の外に出て遠くに望む桜を眺めている。そこに一陣の風に運ばれ花びらが飛んできた。春の陽気の下花びらの舞う中に佇む(一見)可憐な少女はとても絵になるが二人にはどうでもいいことだった。

 

6限の日本史の講義を適当に聞き流した晋吾は探偵部の部室へ向かう二人と別れ死人のような足取りで理事長室へ向かっていた。

しかし、入学したばかりの晋吾は理事長室をしらずだだっ広い校舎を徘徊していた。

 

「ここはどこだ?学校がこんなに広いんだから案内板くらい置いてくれてもバチは当たらないよな」

 

一人愚痴を零しながら階段を上がり踊り場から外を眺める。そこには何棟も連なる校舎とそれを守るかのように学校を囲む森が広がっていた。

 

「こんなことなら南部先輩に場所聞いとくんだったな。……しかし広いな、維持費だけでいくらかかってるんだ?」

 

晋吾には関係ない事を心配しながら階段を上りきる。そこには向かいの校舎へと繋がる渡り廊下と上へと続く階段があった。

 

「さて、どっちに行くべきか」

 

腕を組み考えるポーズを取る晋吾の後に近づく影があった。

足音に気づき振り向くとそこには20台半ばといった年頃の色白の女性が立っていた。

 

「近江晋吾君ですか?」

 

「そうですけど。何か?」

 

「私は理事長の秘書を勤めております楠木神楽という者です。お迎えにあがりました。理事長室へご案内致しますので付いてきてください」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

突然現れた女性から付いて来いと言われた晋吾は戸惑いながらも付いていく。

楠木は晋吾の前を歩いている。暫時歩き続けたがその間二人の間に会話はなかった。

その沈黙に耐えかねた晋吾は何とか話題を切り出した。

 

「あの、俺を探すの大変じゃなかったですか?見当違いの場所にいたみたいですし」

 

「大丈夫です。監視カメラで探しましたから」

 

「そうですか……」

 

ものの数十秒で話は終わった。そこから理事長室までは二人の足音と周囲からの雑音のみが廊下に響いていた。

理事長室は敷地の東側に位置する校舎の最上階に位置していた。この理事長室のドアも部室に負けず劣らず豪華なものであった。楠木がドアをノックし内からの返答を確認しドアを開ける。

 

「やぁ、すまなかったね、呼び立てて。私がこの学校の理事長の小野崎だ」

 

そこには中年というには若すぎ、青年というには年をくっている男が大きな窓の前に置かれた机に座していた。

 

「楠木君、ご苦労だったね。下がっててくれ」

 

「わかりました」

 

小野崎の言葉を受け楠木は理事長室の隣に設けられた部屋へ入っていった。それを見届けると再び口を開いた。

 

「さて、君に来てもらったのはだな……」

 

机に両肘をつき本題に入った小野崎の態度と言葉に晋吾の心に緊張が走る。

 

「昨日君が訪れた探偵部の事でだ」

 

「……へ?」

 

予想外の言葉に思わず声が漏れる。その晋吾の心情を知ってか知らずか気にせず話を進める。

 

「実は昨日カメラで部室の様子を見ていてね、友人の二人は入部するようだが。君は入らないのかね?」

 

「俺は入る気はありません」

 

「どうしてかね?」

 

「嫌だからです」

 

小野崎は「ふう」と息を吐き出すとゆっくり立ち上がり遠い目で外を眺める。

 

「この学校はね、そこにあるパソコンで全生徒の履修記録を管理してるのだが……」

 

「はぁ」

 

「入部を断られた私は失意のうちにパソコンを操作し履修記録を間違えて書いてしまうかもしれんな。それも特定の人物のを。定期的に」

 

理事長室に暫時の沈黙が訪れる。窓に写った小野崎の顔は笑っていた先ほどの脅しの言葉とその不適な笑みが全てを物語っていた。

 

「脅迫ですか?」

 

「何の話かな?私は只自分の胸中をぼやいただけだが?」

 

とぼけて見せているがその顔は明らかに笑っている。晋吾が断れない事を重々承知している顔だ。

 

「……わかりました。入部します、入ればいいんでしょ」

 

「良し、いい子だ。じゃあ入部届けを渡すから明日部室に持ってきてくれ」

 

引き出しから書類を書き分け入部届けを見つけ出し机の上にだす。

 

「わかりました。一つ聞いてもいいですか?」

 

「ん?なんだ?」

 

「何故俺を入部させたいんですか?」

 

その質問に先ほどの不敵な笑みを浮かべたかと思うと大口を開けて笑い出した

 

「ハハハハハ、単に君が気に入ったからだよ。そして君は私がゲイではないかと思っているのだろう」

 

自分の心を読まれたのかと思い驚いた晋吾の表情が強張った。それを見た小野崎は唇の端を上げ軽く笑みを浮かべ再び口を開いた。

 

「君は何故自分の考えていることが分かったのかと思っているだろう。答えは簡単だ、去年毛利にも同じ事を言われたのでな。一昨年は南部にも言われたしな。結論を言うとゲイではない。私は女の子が大好きだ」

 

ゲイではないことが分かりホッと胸を撫で下ろす晋吾に新たな疑問と憎しみが浮かんだ。

 

「(ん?今この人『女の子』って言ったよな、って事はロリコンか?いや、今はこれを考えるのはよそう。それよりもあの人達だ南部先輩はともかく輝樹さん見かけによらずいい性格してんな)」

 

「さて、私の用件は終わった。他に聞きたいことが無い様なら帰宅してもかまわないが。いや、それよりも君に疑問を抱かせたあいつらに文句を言いにいくか?」

 

「帰ります。文句を言うのは明日にしときますよ。失礼しました」

 

晋吾は言いながら回れ右をし荒々しくドアを開け出て行った。

 

「フフフ、今年も一段と面白くなりそうだな……」

 

再び外を眺めながら呟く。

夕映えの空から降り注ぐ緋色の光に顔を染め満足そうにうなずく。

 

 

帰宅した晋吾は制服を脱ぎ自室でくつろいでいた。ベッドに寝転び小野崎とのやり取りを思い出しつつ天井の模様を見つめていた。しかしいつの間にやら瞼は落ちてしまっていた。

再びその瞼が開いたのは二時間後のことだった。顔に何かが当たるのを感じ目を開けた晋吾はまず驚いた。晋吾の目の前には恵の顔があった。それも息が当たる程近くに。

 

「うわ!なんだよ恵。脅かすなよ」

 

「あ、やっと起きた。ご飯できてるよ。早くいこ」

 

何事もなかった様に用件を言い寝転んでいる晋吾を起こした恵は晋吾の手を引き台所へと誘った。

台所には例のエプロンを着込んだ啓太が菜箸を持って立っていた。

 

「お帰りなさいあなた。ご飯にする?お風呂にする?それともわ・が・し?」

 

「じゃあ和菓子で」

 

満面の笑みで三つの選択肢を出した啓太に晋吾は即答した。しかし啓太は少し困惑した顔をしている。

 

「どうした?」

 

「いや、てっきり『何言ってんだよ』とか言いながら拳が飛んでくるとばかり思ってたから和菓子の用意ができてない……」

 

「詰めが甘いよ啓太。どうせボケるんならもっとこう……」

 

駄目だしをする恵の言葉を晋吾がさえぎる。

 

「はいはい、そんなことはいいから晩飯喰おうぜ」

 

「あいよ、じゃあ皿だしてくれ。今日はつくしとひじきの炊き込みご飯と鰆のムニエルよ」

 

そういいながら啓太は自慢げにフライパンの蓋を開ける。

 

「組み合わせがある意味絶妙だがあえてスルーしよう」

 

「なんだよ釣れねえな」

 

ぶつぶつ文句を言いながら渡された皿に鰆を盛り付けていく。

食卓には茶色のご飯の間からつくしが覗いている奇妙なご飯と鰆のムニエルが乗っている。

正に春といった食材だが何か間違っているように見える。

三人は他愛もない会話をしながら食事を終えお茶を飲みながら談笑をしていると思い出したように恵が言った。

 

「そういえば、今日は何で先に帰ったの?」

 

「そうそう、俺達待ってたんだぞ」

 

「あぁ、悪い。ちょっと色々あってな」

 

「そういえば理事長に呼び出されたんだよね。何かあったの?」

 

その問いに晋吾は一度深いため息をつき心を落ち着かせ口を開いた。

 

「話せば長くなるから端的に話すぞ。理事長の用件は俺を探偵部に入部させる事だった。理由は俺が気に入ったから。因みに理事長はゲイではなかった」

 

「ん?お前いつ理事長に呼ばれたんだ?」

 

お茶を飲む手を止めてたずねる。そしてその手をハート型のクッキー(啓太作)へと伸ばす。

 

「そうか、啓太理事長の話の時いなかったもんな。呼び出しをくらったのは今日の昼休みにお前が二回目の昼飯を買いに行って時」

 

「成る程な。続けて」

 

啓太はすでに興味をなくした様で手をひらひら振りかながクッキーを口に運ぶ。

 

「で、俺が入部を断ると奴は『断ると履修記録を書き換えるぞ』ってな事を言い出したから入部せざるを得なかったんだ」

 

「何だ、結局晋吾も入部するんだ」

 

晋吾は聞き逃さなかった。恵が『晋吾も』と言った事を。

 

「ん?お前今『晋吾も』って言ったよな。ということはお前達やっぱり入部したのか?」

 

「うん、そうだよ。今日入部届けを出してきた」

 

「はぁ、結局三人とも入っちまったのか。あぁ、明日からどんなことが起こるのやら」

 

悲観の言葉を漏らしながらも晋吾は若干心を躍らせている。

 

「退屈するよりはいいじゃない。それより晋吾も明日部活行くんだよね。だったら朝の8時集合だからね」

 

「朝の8時!?学校の時より早いじゃねえか。面倒くさいな」

 

その集合時間の早さに(晋吾にとっては)気が滅入る。

 

「仕方ないでしょ。入部することになったんだから。ほら、明日に備えて早く寝ましょ」

 

「寝ましょってまだ風呂にも入ってないぞ」

 

「そうだった。じゃあ晋吾、一緒に入ろ」

 

「っ馬鹿なこと言うなよ!何考えてんだ?」

 

耳まで真っ赤にして晋吾が怒鳴る。後ではむせたのか啓太が咳き込んでいる。

 

「そんなに怒らなくてもいいでしょ。軽い冗談なのに……」

 

「たちの悪い冗談言うな。まったく、とにかく風呂は自分の家で一人で入れよ。わかったか」

 

「はーい」

 

怒鳴られたのがそんなに不服なのか恵はふてくされた様に言う。

 

「そこのむせてるのもいいかって大丈夫か?」

 

「だ……大丈夫。わかってる」

 

いつもの様にボケる余裕もないのか珍しく素直に答える。

 

「じゃあ私達かえるね。お休みなさい。あ、それとお風呂もう入れるから」

 

「お、おやすみ」

 

そういい残し不服そうな少女とむせこむ少年は各自の家へ帰った。

 

「さてと、俺も風呂に入るか」

 

晋吾も二人が出て行った扉から出て風呂場に向かった。

しかし、彼は知らない。風呂には二人によって施された罠が仕掛けられていることを。

そして彼は体を洗い終え、洗面器に湯船からお湯を汲み肩から体に掛けた時、それに気づいた。

 

「っ冷た!!」

 

その声は浴室へ木霊し外へと漏れる。隣の家からは馬鹿笑いが聞こえてくる。

そしてその声は浴室から漏れた悲鳴と重なり晴れた夜空へ上ってゆく。


戻る

展示室に戻る