第四章
翌日、晋吾は探偵部の部室へと来ていた。もちろん入部した啓太と恵も一緒だ。
三人がやって来た時には既に小野崎を欠いたメンバーが揃っていた。
義隆達は応接用であろうソファーに座りくつろいでいた。
「お、来たか。早く座れ話がある」
手招きをする義隆に促され三人は空いているソファーに腰を下ろした。
義隆は一呼吸おいてメンバーの顔を見渡す。そして嬉々として話し出した。
「我が探偵部にも新たに三名の部員が入部した。人数が増えた事によってますますの……」
「ちょっといい義隆」
麗佳が手を挙げ義隆の言葉を遮る。
「何だ?」
「その話長くなるんでしょ? 御託はいいから本題だけ言って」
麗佳の言葉に輝樹が大きく頷いた。義隆は機嫌を損ねたのか眉根を寄席八の字にする。
「わかったよ。昨日理事長のとこに依頼が来た」
「何の依頼ですが? まさかまたストーカーとか……」
「安心しろ、ストーカーではない。只の家出人の捜索だ。それ以上の事は俺もまだ聞いてない」
「俺は知らない」と吐き捨てるように言った義隆は淹れてあったコーヒーを口に運ぶ。
拗ねてしまった義隆を慰める事もせず晋吾たちは依頼に胸膨らませながら小野崎を待った。
30分後。小野崎は部室へとやってきた。そして開口一番に言った
「依頼が来たぞ」
義隆同様嬉々とした表情で言う小野崎だがその事を既に知っている部員は大した反応も見せなかった。
そしてまだ拗ねている義隆に代わり麗佳が皆の気持ちを代弁する。
「それで、どんな依頼なんですか?」
「いまいち反応が薄いな。まあいい、依頼は家出人の捜索だ」
小野崎は自分の席に座り懐からタバコを取り出し火を点け話を続ける。
「家出したのは依頼者の娘の結城奏、市内にある紅華高校に通う二年生だ。5日前にバイと先に出かけてから帰ってこないそうだ。同日中に警察に届けたが家出と判断されたようで適当にあしらわれたそうだ」
「適当にあしらわれたってそんなに警察は冷たいんですか!?」
「仕方ないわよ、月に何人も出る家出人に人員を割くほど警察も暇じゃないのよ」
憤慨する啓太を麗佳がたしなめる。しかし啓太は納得できない様子でうつむいている。
「警察の手が届かない所に手を出すのが我々の仕事だ。その点についてはむしろ感謝するべき事だ」
「不謹慎ですよ。それより捜査はどうするんですか?」
30分強拗ねていた義隆が独力で復活し質問を投げかける。
「そうだな、学校とバイト先への聞き込み。それと彼女の部屋の家捜しだな」
学校とバイト先への聞き込みはわかるが家捜しというのがいまいち解せない。
「家捜しは何か手がかりがあるかもしれないからよ。部屋の状況からわかる事も結構あるからね」
晋吾の疑問を察したのか麗佳が説明をいれる。
「それで、どう振り分けます? 家捜しは理事長が行くんですよね」
「ああ、当然だ。家捜しの方は私と輝樹、それと晋吾で行こう」
「え!? 俺ですか?」
まさか自分が指名されるとは思っていなかった晋吾は驚き思わず立ち上がった。
「なんだ? まさか捜査に参加しないつもりだったのか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
「ならば問題あるまい」
これ以上晋吾は反論する事ができなかった。言葉が思いつかなかったというのもあるが何か小野崎から威圧感が感じられたからだった。
小野崎は晋吾がこれ以上何も言わないとわかると何事もなかったかのように話を続けた。
晋吾を除いた話し合いにより学校には麗佳と恵、バイト先へは義隆と啓太が行く事になった。
そしてその通達が終わると小野崎は晋吾の手を取り部室を出た。とっさの事に驚いた。
晋吾はわけも分からず駐車場へと連れられ車に乗せられた。
「あ、あの。どこに行くんですか?」
キーをひねりエンジンをかけていた小野崎はその質問に肩を落とした。
「お前は私の話を聞いてなかったのか? 今から家捜しだ」
「今から!? いきなりすぎやしませんか」
その晋吾の質問には後部座席に乗り込んだ輝樹が答えた。
「善は急げって言うでしょ。そういうことにしといた方が色々と楽だよ」
輝樹の言葉に含まれた意味を汲み取った晋吾は考えるのを止めた。
小野崎の運転する車にゆられ晋吾は元山市の校外に来ていた。依頼者の家は閑静な住宅街の一角に位置していた。
依頼者宅では母親が彼らを待っていた。挨拶も程ほどに三人は奏の部屋に上がった。
奏の部屋は8畳ほどのフローリング張りでこれといって趣味を主張する物もなくよく言えばシンプルな部屋だった。
「では始めるか。輝樹はその棚のあたりを、晋吾は机を調べてくれ」
「了解」
了解とは言ったもののその語調は語尾を延ばすようにふぬけていた。
晋吾は机引き出しを開けたが、ふとした疑問が浮かび手を止めた。
それに気づいた輝樹が怪訝な顔を見せる。
「何かあったの?」
「いえ。聞き忘れてたんですけど俺達って何を探しに来たんですか?」
素っ頓狂な事を言う晋吾に小野崎と輝樹は危うく手にしていた物を落とす所だった。
「何を言うかと思えば、何も聞かんから解かってるものかとおもってたぞ」
「すいません」
「まったく、輝樹説明してやってくれ」
自分で説明するのが面倒なのか晋吾にあきれたのか小野崎は手を軽く振り自分の作業に戻ってしまった。
「僕達が探すのは彼女の足取りを掴む物、或いは最近の様子がわかるもの。日記でもあれば手っ取り早いんだけど今日日そんな物つけてる人はまずいないからね。まあ何かあったら報告して」
「わかりました」
良く考えると聞くまでもない事だと聞いた後に気づいた。
「ここに恵達がいなくて良かった」と晋吾は内心呟いていた。もしいれば馬鹿にされる事は必至だっただろう。
晋吾は開けていた引き出しに目を落とした。
彼女はここを勉強用に使っていたのだろう、グラフ用紙やB5サイズの紙が幾枚も入っていた。他の引き出しも概ね同様でファイルやノートが入っていた。
最後に鍵のついている引き出しを開けようとしたがやはり開かなかった。鍵がしっかりと役目を果たしているようだ。
どうにか開かない物かと強引に引っ張っているとみかねた輝樹が救いの手を差し伸べてくれた。
鍵穴を観察し上着の内ポケットから何かを取り出し鍵穴に差し込んだ。
金属がぶつかり合う音が聞こえたかと思うと『ピン』という音と共に留め具が外れた。
「はい、開いたよ。晋吾君も次からは自分で出来るようにしておいてね」
「え!? これを俺がですか?」
「大丈夫コツさえ分かれば簡単だから。それに道具は部から支給されるから」
果たして探偵に『鍵開け』というスキルは一般的なのだろうか? そんな疑問を巡らせているうちに輝樹は自分の仕事に戻った。
晋吾もそれに習う事にし開いたばかりの引き出しを覗き込む。
ここも他の引き出しと同じで学校のプリントなどがはいっていた。肩を落としつつもプリントを書き分けてみるとなにやら小さく白い筒が数本入っていた。俗に言うストローという物だ。見れば机の上に放置されたコップにも多少違うが同様のものが入っている。
多少の違和感を覚えつつも疑問を抱くまでには至らず引き出しを戻した。
次に晋吾は机の上に鎮座する本に目をつけた。ざっと見渡しただけでも参考書や問題集ばかりだということがわかる。
だが、その中で一つだけ異色を放つ物があった。本の題名は『The UMA』中を見てみるとどうやら未確認動物がどうのこうのという内容の本だった。
何か手紙でも挟んであれば良かったがそんな物はなく晋吾はソレを元の場所に戻した。
ふとクローゼットを調べている小野崎を見てみるとクローゼットに体を突っ込んだまま固まっている。
「何かあったんですか?」
晋吾が小野崎の手元を覗き込むとそこには淡い色をした小さな布、通称『下着』と持つ手とバツの悪そうな笑顔を浮かべるエロ親父が存在した。
「いいか晋吾、お前は今大きな勘違いをしている。これは捜査の一環で私にやましい気持ちなど……」
「女子高生の下着あさるのが捜査ですか。それにそれを持ったまま言われても説得力に欠けますよ」
小野崎は手にブツを持ったまま何とか誤解を解こうと弁明する。だがそれを見る晋吾の目は冷ややかで取り合おうとしない。
「残念だけど本当に捜査の一環なんだよ。下着入れに貴重品を隠す人もいるからね」
あぐねる小野崎を見かねてか輝樹が二人の間に入る。晋吾は「輝樹先輩がいうなら」と納得し引き下がった。
晋吾の誤解を解いた小野崎が晋吾監修の元もう一度下着入れを調べたが何も出てこなかった。それはそうだろう、実は先ほどの輝樹の台詞は「一人暮らしの女性には多い」という部分が欠けていたのだ、奏が隠していないという可能性は無きに等しくはないので調査が必要ないというわけではないが。
この後も家捜しは続いたが有力な手がかりと呼べるものはなかった。
だが、財布や預金通帳などが見つからなかったので『誘拐』などではなく『家出』ということがほぼ確定した。
一応の結果が出たところで三人は結城宅を後にした。
数時間後、部室にはメンバーが揃っていた。
数分前に聞き込み組みが帰ってきたので各々の成果を披露する。
「さて、それでは始めるか。まずは輝樹言ってくれ」
指名された輝樹は一呼吸つき話し始める。
「結城奏の部屋を調べた所得に怪しい点はありませんでした。そして部屋からは財布や預金通帳といった物が無くなっていたのでまず家出と見て間違いないと思います」
要するに目立った収穫はないということだ。
因みに通帳を記帳してみたところ今のところ引きだれてはいなかった。
輝樹が言い終えると次に義隆が口を開いた。
「奏のバイト先での評価は悪くなかった。バイト仲間との仲も上々で特に八木優一って奴と仲が良くかったそうだ。家出して家に転がり込むとしたらコイツの所だな、一人暮らしっていうことだそうだしな」
「それって付き合ってるってこと?」
「傍目にはそう見えたそうだぞ」
「傍目にはと言うことは八木には話を聞けなかったのか?」
「ええ、今日は非番だそうです。明日は店に出るそうです。それと結城奏は家出してから一度もバイトに顔を出してないそうです」
慣れたように質問し答える。そんな探偵部古参のやり取りを晋吾ら新米はその様子を眺めていた。そうしている内に話し合いは続きすでに学校へと移っていた。
「それで、学校ではどうだったんだ?」
「バイトと同じで評判はよかったわ。友人は多いようだけど特に中の良い友人はいないそうです。成績も良好で学年でもトップの方にいたそうです」
「ということは学校関係の友人の家に転がり込む可能性は殆どないですね」
輝樹がそういうと義隆や小野崎が「その通り」と呟いた。
「取敢えず今の所一番有力なのは八木優一だな。義隆と啓太は明日も引き続きバイト先を当たってくれ」
小野崎の決定に義隆と啓太は頷く。そして同じように麗佳にも指示を出す。
「麗佳も義隆達について行ってくれ、男より女の方が八木も口を割りやすいだろう。恵ちゃんは部室で待機だ」
「じゃあ俺達はどうするんですか?」
晋吾の質問に小野崎は少し考え込み口を開いた。
「輝樹と晋吾も待機だ、三人で仲良く待っててくれ。私は警察に行って何か情報がないか調べてくる」
「警察ですか? でも警察はたいした捜査もしてないんでしょ?」
警察への不信感からか啓太がいぶかしげな顔を浮かべる。
「なんだかんだ言ってもそれなりに情報はあるのでな。それに所轄の本山署と我が部はとある事情から非常に強い結びつきを持ってるからな」
小野崎の語調の中にはどこか含みが感じられた。
とある事情というが少々、いやだいぶ気になるがこの小野崎の顔を見るにどうも聞いてはいけない裏がありそうな気がしてならない。