第五章
翌日、義隆、麗佳、啓太の三人は駅前のファーストフード店に来ていた。
ただし、店内ではなく店の裏手にある細い路地にだ。聞けば昨日もここで聞き込みをしたらしい。
そして今、啓太らの前には八木優一が佇んでいる。八木は任意でここに来たわけではない。
店に出てきたところを麗佳がその色香、もといその身に着けた天然の武具によってセイレーンの如く八木を路地へと誘った。
目尻を下げのこのことやってきた八木を待っていたのは『死』ではなく一人のセイレーンと二人の少年だった。
八木は髪を茶色に染め眉を大部分に渡り剃っており見るからに『最近の若者』だ。自分が何故呼ばれたのか分からず困惑した様子でこちらを見ている。
「八木優一さんですね?」
義隆が八木を見ながら確認する。長身の義隆が低くドの効いた声で言うものだから無駄に威圧感がある。
その力を感じたのか八木は「あぁ……」と呟いた。
「申し遅れました。私こういうものです」
義隆は懐から名詞を取り出し八木に渡す。
名刺を見た八木は一瞬目を見開いた。そして目だけを動かし三人の顔を盗み見た。
好奇の目とも取れるがどうも違うように思える。
素人である自分がこう言うのもおかしい物があるが何というか八木からはどことなくおかしな雰囲気を感じる。
「探偵が何の用だよ」
「結城奏さんをご存知ですよね。実は彼女先日家出してしまいまして行方がわからないんですよ。少し調べさせていただいたところ貴方と結城さんがお付き合いをしていると聞いたものですから……」
「奏が家出!? 本当か?」
義隆の言葉を遮って八木が詰め寄る。先ほど感じさせた「おかしさ」はもう感じられない。
「はい、いまのところ消息はつかめてません。ご存知なかったのですか?」
「……一週間前にケンカして、それから連絡してなかったから」
八木は言葉を濁し俯く。
八木が落ち着くのを待ってから義隆は話を続けた。
「失礼ですがケンカの理由を教えていただけませんか?」
「よく覚えてないけど、多分なんでもない事だと思う」
「では結城さんが訪れそうな場所に心当たりはありませんか?」
八木は首を横に振って答えた。
義隆は麗佳となにやら目配せをしそれから口を開いた。
「ご協力有難うございました、何か気になる点がありましたらご連絡ください」
八木を表通りに返した麗佳は一度大きなため息をつき啓太をみる。
「さて啓太、八木は白と黒どっちだと思う?」
「え? 白か黒?」
唐突な質問に啓太は思わず聞き返した。そして聞き返した後に質問の意味を理解した。
「ええと、先輩達も気づいているとは思いますけど。探偵って名乗った時になにか違和感があったように思えました。でもその後は奏さんの事を本気で心配していたように見えました」
「白か黒かでいうと?」
「……グレー?」
答えの曖昧さについつい疑問系答えてしまった。
だが義隆と麗佳の顔を見るといい加減な答えにも関わらず啓太の答えに同意するかのように首を縦に振っている。
「それが妥当な答えだろうな。まぁ強いて言うならば黒寄りのグレーってところだろうな」
「え、じゃあなんで白か黒かって……」
言いかけた啓太の口を麗佳が手で塞ぎ制す。
「試したのよ、どれだけ話を聞いてたかをね」
あの状況で話を聞かない奴がいるのかとも思うがまぁそこは流しておく。面倒くさいから。
「さてと、帰るか。早いところ次の行動に移らないとナ」
「次の行動って何をするんですか? また聞き込みとか?」
表通りに向かって歩き始めていた義隆は足を止めビルの合間から見える狭い空を仰いだ。
「そうだな……。多分張り込みと尾行だろうな、ま、地味な捜査だよ」
「そういえば、今日はおとなしいわね。やっぱりあの二人がいないと調子がでない?」
麗佳が唐突に話題を変え訪ねてくる。確かに今日は(まだ)自分でもおとなしくしているとは思っていたが流石にあの状況で騒ぐほど馬鹿ではない。それともう一つの理由として。
「やっぱりボケても突っ込んでくれる人がいないと虚しいので……。って俺先輩達の前でボケなんかしましたっけ?」
啓太は入学してからの行動を思い返した。校内で騒いだ事はあっても部室ではした覚えが無い。
「ふふふ、壁に耳あり障子に目ありって言うでしょ」
「障子にメアリー?」
「いや、それもう使ったから」
……つっこみが弱い。これが晋吾や恵ならば言葉と一緒に拳も飛んでくるだろう。やはりそれがないとどこか物足りない。
そんな事はさておき壁に耳あり障子にメアリーと言うことは学校中盗聴or盗撮されているという事なのだろう。
なんと言う事だ、実に……実に面白い。正に破天荒を絵に描いたような学校だ。
「満更でも無いようだな。取敢えず行動には気をつけるんだな。だが晋吾には言うなよ、理由は……言わずもがな。だろ?」
がってんですぜ兄貴。これで楽しみが一つ増えた。
三人は不敵な笑みを残しその場を去った。
部室に集まったメンバーは仕入れた情報を照らし合わせていた。
とは言っても晋吾と恵と輝樹は部室で待機していたのでもちろん情報は無い。
警察に行っていた小野崎も手ぶらで帰ってきた。
なので情報は啓太らの持ち帰った「八木優一」の今しかなかった。
「で、結局結城奏の居場所はわからなかったのか」
「ええ、でも何かを知ってる気がします。何かはわかりませんがね」
「どうしてそう思うんだ?」
小野崎は方眉を上げ尋ねる。しかしその質問は今話していた義隆にではなく傍観していた啓太に向けられていた。
「え!? 俺っすか? ……何かこう雰囲気がモヤーっと」
「いや、フィーリングじゃわからないから。もっと具体的に言いなさい」
啓太の横に座っている恵が穏やかな言葉と共に啓太の鳩尾に拳を叩き込んだ。
啓太は「グフッ」という声ならぬ声を漏らし崩れ落ちた。その顔は初めは懐かしいモノを得られた満足げなものだったが次第に苦悶の表情へと変わった。
当分再起不能となった啓太に代わって麗佳が続けた。
「八木は私達が探偵だと分かった瞬間落ち着きがなくなりました。瞳孔の拡散も確認したので間違いないでしょう」
人間は動揺したりすると動向が広がるそうだ。口でなんと言おうとそれさえ見る事が出来たら騙される事は無い。
「よくそんな小さいもの見えましたね」
感心する晋吾に麗佳は微笑を浮かべその艶やかな唇を僅かに動かした。読唇術ができるわけではないが「ふふふ」と言ったように思えた。え? そのくらいわかるって? それはそうだろう、だが晋吾は麗佳の唇を見ていると途中横から不気味な視線を感じた。その方向には若干の回復を見せている啓太とこちらを見ている恵がいた。その視線が横顔を打ち唇に集中する事が出来なかったのだ。
晋吾が恵の視線に悩まさせれているうちにメンバーの話し合いが続いた。
話し合いの結果八木優一の調査の続行が決定した。
内容は張込み、尾行、盗聴(非合法)などだ。
だが一つ問題があるそうだ。それは……『住所が分からない』ということだ。
張込みをしようにも住所が分からない。そこでバイト先から尾行をする事になった。
そしてそれに選ばれたのが晋吾と恵だ。
計画としては〔二人が尾行し住所を突き止め待機している小野崎に連絡をする。そして交代で張込み〕となっている。
因みに警察に調べてもらった方が早いと気づいたのは後日のことである。
晋吾と恵は喫茶店にいた。二人がいる店からは八木のいるファーストフード店がよく見える。
「しかし何で俺達なんだ?」
晋吾は淹れられたばかりの紅茶を口に運びつつ言った。
晋吾が愚痴るのも無理は無い。今までの(とは言っても一回しかないが)調査では古参と新米が組んでいた。だが今回は新米と新米だ。出発前に要点だけは教わったが一抹の不安が残る。
「さぁ? 理事長の気まぐれなんじゃないの」
恵は淡白に返してくる。
「ところでなんで俺の方をちらちら見てくるんだ? ちゃんと向こうを見てろよ」
「ご、ごめん……」
恵は少し慌てた様子で首を逸らす。
この喫茶店に入って2時間、空も赤みを帯びて来た。いつになったら八木はでてくるのやら。
「ところでさぁ」
「ん? なんだ」
恵が机に肘をつき外を眺めつつ口を開いた。
「奏さんってなんで家出したのかな?」
「何でって、そりゃあ……」
そこまで言って言葉に詰まった。何故結城奏は家出したんだ?
今まで聞いた話だと家族中も悪くなく成績も優秀、友達もちゃんといる。何が不満だったんだ?
只でさえ女心は分からないのに更に疑問が重なる。
「今まだ分かってない事といえば八木の事ぐらいでしょ? でも彼も奏さんの家出を聞いた時は驚いて聞き返してきた。だから彼とのケンカは家出の直接的な原因とは考えにくいのよね」
外を眺めている恵の目は先ほどまでの様子は見受けられない。その目は据わり何か遠くを見ているように見える。こんな恵を見るのは初めてかもしれない。思わず背中に寒気が走る。
「そう考えると他に何か原因があるんじゃないかと思うの」
「何かって……何?」
「例えば最近噂になってる‘アレ,とかね」
「‘アレ,?」
「そう‘アレ,」
‘アレ,とは最近本山市近辺で噂になっている失踪事件である。
今時の若くて元気のいい、言い換えるとだいぶヤンチャな事をしている少女ばかりがこの数ヶ月で何人も消息が分からなくなっている。
因みに失踪事件といったが警察は動いていない。奏同様に『家出』と処理されており、個々の事例は関連性が無いと結論付けられたためである。少女らの普段の素行のそれを手伝ったのだろう。
「でも結城奏はアレの奴らとは違うだろ。どっちかってーと正反対だと思うぞ」
調査の限りでは奏は真面目な優等生だった。そんな彼女をやんちゃな少女らと同じ線上に置くのはどうにもおかしくてならない。
「そう、だから難しいのよ」
「……なんか恵、探偵みたいだな」
「晋吾だってそうでしょ、もっと頭を働かせなさい」
真面目な空気が一転、空気が一気に晴れた。恵は半ば呆れたような顔をしているがその顔からは朗らかな笑いも見て取れた。
二人が和んでいるとファーストフード店の脇の路地から一人の男が出てきた。八木だ。
二人はすぐさま店を出て八木の後を追った。
八木は耳にヘッドホンをつけ本山駅に向かって歩いている。好都合だ注意力が散漫になって気づかれる危険性が薄れる。
店から本山駅までは僅か数百メートルほどで二人は見失う事もなく尾行を続ける事が出来た。二人は駅舎の中に入り八木の並ぶ券売機の横に並んだ。
券売機の前に立ち樋口さんを押し込んだところで晋吾の動きが止まった。
――八木はどこまで行くんだ?――
晋吾は固まってしまった。どこまでの切符を買っていいのかわからない。
『早くしないと八木が行ってしまう』焦燥感に駆られる晋吾の脇から一本の手が伸びてきて一番大きな金額のボタンを押した。二人分の切符とおつりがでてくる。
その手はそれらを素早く回収し晋吾の手を引く。
「馬鹿! 何してんのよ」
「ご、ごめん……テンパッちゃって」
「あんたは変なとこで焦るんだから。ほらさっさと行くわよ」
恵に促されるまま改札を通る。見れば八木は二人の数十メートル先を行っている。
二人は歩幅を改め気づかれないように自然を装う。
ここで言っておくが今回の二人のコンセプトは『長年の幼馴染がいつの間にか抱いていた恋心を高校入学と同時に打ち明けめでたく想いが成就し恋人同士となった高校一年生』という長くて分かりにくいが自分達の事を揶揄するようにも取れるものだった。因みに考えたのはあのエロ親父。
二人はホームに立つ八木が望める位置に陣取り取敢えずアノコンセプトにのっとり恋人を装う。
が、如何せん経験が無いのでギコチナイものとなってしまった。
晋吾の動きとは裏腹に恵は存外に乗り気で積極的に仕掛けてきた。
恵の乗り乗りの演技に正直噴出しそうになってしまった。しかもそれを恵に嗅ぎつけられてしまい腹部に拳を食らわされた。
崩れ落ちる晋吾思った以上の効果に慌てる恵。これが思わず功を奏し周囲からの目を集めずにすんだ。只の馬鹿と思われたのかもしれないが。
暫くするとホームに電車が入って来た。人が降りるのを待ち八木が乗り込んだのを確認してから二人も乗りこむ。
流石に電車の中で先ほどの演技をする度胸は無く他愛の無い会話を繰り返すに留まった。
電車にゆられる事30分、既に空には暗がりが広がっていた。二人は本山市の隣の明木市(あきらぎし)に来ていた。
電車を降りた八木は寂れた商店街を歩いていた。殆どの店が閉まっている様で朽ちた看板が目立つ。
八木は商店街の中ほどにあるとても趣のある昭和の香りが漂うアパートへと入っていった。
二人がそのドアの見ると確かに〔八木〕と書いている。
「ここだ」
晋吾は恵に目配せし連絡を取らせる。
「もしもし、はい長沼です。ハイ、そうです……」
声が遠ざかっていく晋吾の耳に入ってくるのは微かに聞こえる恵の声とアパートから発せられる生活音だけだった。
連絡を取って一時間、増援組はなかなか来ない。
小野崎高校からここまでは40分ほどでくる事ができる距離だ。
二人はアパートの臨める。位置にある身を潜めていた。わざと潜んでいるわけではなく落ちてあるブロックに座ると伸びきった草に隠れてしまうのだ。
「……遅い、いつになったら来るんだよ」
「そうカッカしないで、いいじゃない何も動き無いみたいだし」
「そうだけどよ……」
恵は既に長期戦の構えだ。まったく、このやる気は一体どこからくるのやら。
「じゃあ何が不満なのよ」
「じっとしてるのがちょっとな」
「私は結構好きだけどな。……(二人っきりだし)」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、なにも」
そういうと恵みは微かな笑みを浮かべた。なんとも幸せそうに笑っているが何がそんなに嬉しいのやら。
その時アスファルトが輝かされエンジン音が聞こえてきた。それが近づいてきたかと思うと黒色の車が入って来た暗いので車種までは分からない。
車の窓にはスモークが張られており中が見えないようになっている。
エンジンが止まり中から人が降りてきた。
「待たせたな。動きはあったか?」
悪びれた様子も無く小野崎がのんきな声を出す。その後にはぐったりとしている輝樹が見える。只寝ているだけの様にも見えるが。
「おそいですよ、何してたんですか」
「スマンスマン、二人の邪魔しちゃ悪いと思ってナ」
「何のですか、何の」
一応「スマン」という謝罪の言葉はいったがまったく身が入ってない。
「今のところ動きはないですよ」
ふてくされる晋吾の代わりに恵が代弁する
「そうか、お疲れ様、引き上げていいぞ」
「うぃっす」
「お疲れ様でした」
二人は後を小野崎とぐったりしている輝樹にまかせて来た道を引き返し駅へと向かった。
張込みは6時間交代で一週間行われた。途中授業のある土日を挟んだがそこは自主休校を駆使し回避した。
6日間張り込んだが八木はバイトに行ったり買い物に出かけたりと一般的な生活をおくるだけで何ら行動を起こさなかった。
八木がバイトに出ている隙に取り付けた盗聴器(非合法)も生活音を捕らえるだけだった。
最終日、晋吾と恵は空き地に止められている車の中にいた。しかし二人きりではない運転席には大いびきをかくエロ親父がいる。
晋吾は耳にイヤホンをつけ窓から外を見ていた。イヤホンからはテレビだかラジオだかの音が流れてくる。
たまに八木の笑い声が聞こえてくる事からおそらくバラエティー系の番組なのだろう。
「……つまんねーなー」
何の進展もないまま既に3時間が経過している。
「そうだね、部屋からも出てこないし。……ちょっとイヤホン貸してよ」
「別にいいけど、つまんねぇよ? テレビだかラジオだかの声しかしねぇし」
晋吾は自分の耳からイヤホンを外し恵に渡す。
「ありがと」
恵は暫くは目を輝かせ新しい道具を楽しんでいたが次第にその輝きは鈍って行き5分もすればそれはついえた。
そのまま更に1時間が経過した。恵にイヤホンを渡してから晋吾は急激な眠気に襲われていた。
だが「眠ってはいけない」という理性が働き時折一瞬意識を失うという居眠り寸前の状態を繰り返していた。
一瞬ブラックアウトした眼をこすっていると不意に視野に何かが移った。
それは恵だった。恵は黙ってイヤホンの片割れを晋吾の耳にはめ込んだ。
何事かと言おうとした晋吾は聞こえてくる声に言葉を飲み込んだ。
八木は電話をしているようだ。盗聴器を取り付けた場所の近くに射るようで相手の声も不明瞭だが聞こえてくる。
「それで、アイツもやらせたのか?」
『しかた……ノーで……って』
「だからって何で。俺に相談もなしに」
『お前が……反対する……それに元々は……』
「そうだけどよ……」
『取敢えず……っちに……いつもの……』
「あぁ、わかったすぐに行く」
『ピ』という電子音聞こえ電話が切れた。
「出かけるみたいだな。行こう」
「その前に理事長起こさないと。……理事長、起きてください。八木が動きますよ」
だが小野崎は熟睡していた起きる様子は無い
「りーじーちょー起きてー!」
恵が必死に揺さ振って起こそうとするが一向に起きる気配を見せない。まったく、どんな神経してるんだ。
二人が小野崎を起こそうとしている間に八木は部屋を出て大通りに向かって歩き始めていた。
「俺先に行くからその親父起こしてから付いてきてくれ」
「わかった、気をつけて」
晋吾は言うや否や車から出て八木の後を追った。
商店街を抜け大通りへ出た八木は向かいの公園に向かった。人通りも多いため気づかれ他様子は無い。
八木は公園を抜け反対側の国道に出た。それと同時に晋吾の視界にバスが入ってくる。
「マズイ」晋吾は歩みを速めたが時既に遅くバスは八木を乗せ走り出してしまった。
――ヤラレタ――
八木は尾行に気づいていたのか、それとも偶然か。どちらにせよ尾行は失敗だ。自分のミスだ、八木との感覚を空けすぎた。
自責の念に駆られその場に膝を着く。
その時、晋吾の携帯が鳴り出した。とは言ってもマナーモードにしていたので音は出ずにバイブだけだ。
画面を見ると恵からだった。
「もしもし晋吾? 今どこにいるの?」
「通りの向かいの公園だ。バスに乗って撒かれた。スマン俺のせいで……」
「撒かれた? ……そのバスはどこに行くの!?」
「え?」
「行き先だよ、バス停に書いてあるでしょ」
そうだ、バスは停留所にしか停まらない。何故気付かなかったのだろうか。
晋吾はバス停に走った。現在の時刻は16時半、腕時計で時間を確認し時刻表を指でなぞる。
このバス停は公園前、そして次は――
「次停まるのは郵便局、次に明木駅」
「わかった車で追う。晋吾は次のバスで駅に向かって」
恵は口早に言うと電話を切った。
次のバスが来るのは5分後。晋吾は待った。
一日千秋の思いとはこのことだろう。5分という短い時間が何時間にも感じられる。
晋吾はようやく来たバスに乗り込んだ。車内は空いていたが晋吾は座る気になれず降口の近くに立ちフロント硝子越しに駅が見えるのを待った。
駅に着きドアが開くと同時に料金を機会に叩き込みバスを降りた。
晋吾は周囲を見渡し八木を探した。
しかし八木の姿は見えない。
「もう移動したのか? いや、まだいるかもしれない」
晋吾が駅舎に入ろうと向きを変えると肩に力を感じ聞いた声が晋吾を呼び止めた。
「待て、行く必要はない」
振り返るとそこには小野崎と恵がいた。二人の表情は暗い。
「ごめん、見つけたんだけど逃げられた」
聞けばバスより少し遅れて駅に着いた二人は迎えに来ていた車に乗り込む八木を見つけたのだが運悪く人の波に遮られてしまったそうだ。ナンバープレートも見る事は出来なかった。
「すみません、俺のせいで……」
晋吾は自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。
「いや、居眠りしていた私の責任だ。お前に責任は無い」
「でも……」
晋吾の言葉は小野崎によって止められた。彼の目は真剣だった。エロ親父の影は見受けられない。
「考えてもみろ、私が居眠りをしていなかったらああはならなかっただろう」
小野崎はそういうがそれは確率論でしかない。晋吾がバスに乗れてさえいればナンバーは見れていたかもしれない。
「取敢えず部室に戻って対策を考えよう。これからの事を考えないとナ」
小野崎に従い晋吾は近くに止めてあった車に乗り込んだ。
小野崎がつけたカーラジオからは連続失踪事件のことが流れていた。