Drawnir

 

 

全てのものが寝静まる丑三時。
夜空には、水晶を砕いて散りばめたような星が輝いている。
……けれども、冬の澄んだ夜空だったらどんなにか美しく見えただろう。
――ただ、星屑を纏ってそこに浮く今宵の、紅く不気味な煌めきを放つ三日月だけは美しい……
 
 とある家の、とある一室。部屋の住人は、寝苦しさのためか、ごろごろと寝返りばかりしている。
風も吹かぬ、真夏の夜中。だが、その内に寝息をたて、深い眠りに落ちていった。
 
ふいに、カーテンが、風をくるむように揺れた。
だが、相変わらず風は無い。
揺れ続けるカーテンの隙間で、何かぼぅっと光るもの。
それは文字の様なもの。
突然光が激しさを増し、光は渦を巻き、次第に竜巻に姿を変えてゆく。床から天井まで突抜んばかりに。
 
そんなことが起きているにも関わらず、部屋の住人は眠り続けている。
 
渦が止まり、光が散っていく。そこに現れたのは、趣味の悪い模様や彫刻が施された

それは、金属と木材の軋む嫌な音をたて、ゆっくりと開いた。
その奥に待ち構えていたものは、夜空よりも更に暗さを湛えた闇。
そこから、すぅっと一人、人間がでて来た。
暗闇でよく分からないが、体つきからして男だ。しかもかなり長身の。そして、男が口を開いた。
 
……起きろ。」
 
低い声で男が放った言葉は、見事に無視られ、部屋の住人は構わずに眠り続ける。
 
「起きろ!」
 
多少大声で言ったためか、住人は若干目を開けたが、再び寝息をたて始めた。
漫画みたいな
ぐ〜という寝息で。
男は、ぴくぴくと額に血管を浮かべ、口元は引きつり始めていた。
 
……このガキ……。」
 
ぐ〜。
 
ぶちっ。
 
「とっとと起きんかボケェ!!!」
 
あまりの大声に住人は飛び上がった。
 
――った〜、なんなのよいきなり……。」
 
飛び上がって落ちたときに打ち付けた頭を擦り、苦情を言う。
ふと見上げると、そこには見慣れない
黒い塊
それは、尊大な態度で、自分を見下ろしていた。
そして、
 
……おい、小娘。」
 
「は?」
 
……人が、人が折角クールに決めようと思ってたのによぉ――!!!台無しじゃねぇーかぁ!!!この寝ぼすけぇ――!!!しかも、俺様に向かっては?だぁ?」
 
男も男で苦情をまき散らす。頭を抱えて。
 
「ちょっと、なんなのよ、いき
……
 
そこで娘のことばは遮られた。男の人指し指により。 
「まぁ、待て。文句なら後で聞く。まずそんなことより、独り言を言う変人に思われたくないだろ?」
 
「は?」
 
「いや、つまり、俺の声は他の人間には聞こえないのー。」
 
そう言って男は、ごそごそとポケットをあさり、紅い月を反射させ、不気味な光を放つ金属板を取り出した。
 
「なにそれ?」
 
「いいから黙ってろ。」
 
男の言葉にはむっとしたが、おとなしく従う事にした。
男は、先程の金属板をゆっくりとなでる。そして、掌にほんのり光りを帯る。
そして、それを空気中に放つ。
それは、先程とは違うけれども、文字の様なものだ。 
「いいぞ、しゃべっても。てか、くれーなー。」
 
「で、なにそれ?」
 
……あら?光のルーンってなんだったけ?
あれー?」
 
娘の質問をよそに男は悩んでいる。
娘がいらいらしているのは言うまでもない。現代っ子だから仕方がない。
 
「ちょっと!無視するな!」
 
「あ、あぁ。それよりさー電気つけてくんねー?暗くてやってらんねー。」
 
しかたがない、従うか。この男の馬鹿面も拝みたいし
……あれ?なんであたしはすんなり受け入れているのだろう。この状況を。
 
電気をつけて明らかになった男の姿。
後ろで束ねた髪に黒いつんつんヘアー、黒いローブ、黒いネクタイにズボン。
なるほど、見えないはずだよ。真っ黒じゃん。
ただ、男のつった目の黄色と、左目の傷が異様に見えた。
 
電気をつけて明らかになった娘の姿。
肩に近付くにつれ広がる黒いセミロング。おまけに前髪の一ヶ所だけが異様に長い。
体型は小柄。
娘も瞳の色が異様。
左目だけが深い闇色か。間違いねぇ、こいつだな。
 
と、互いに人間観察中。
 
「あ、そうだ。お前、名前なんだ?」
 
……アカネ、田口朱音。あんたは?」
 
「俺は、ハールバルズ。ハールでいい、長げぇからな。」
 
「ん、そんじゃー質問。」 
そう言って朱音が手をあげた。
 
「はい、なんざんしょ?」 
「あんた、どっから入ってきたの?」
 
……
そいつは言えねぇーなー!はっはっはっ!」
 
笑って誤魔化す気?まぁいいわ。
問題は目的よ、目的。
 
「で?目的はなんなの?」 
「目的か?目的はお前だよ。」
 
にやっと笑って言ったハールの言葉に、朱音は寒気を覚えた。夏なのに変だなぁー。
 
「あ、あたし?」
 
「あたりめぇーだろーがよー。何のためにここに来たと思ってんだよー。」
 
「えぇー
……。」
 
朱音の引きつった顔を見てハールが言う。
 
「えぇーとか言うな。これから長い付き合いになるぜぇ〜。朱音〜。」
 
再び寒気。今度は北極にでも居るのかしら?ははは。あぁークラクラする。
 
……なんでそうなるのか説明してちょうだい。」
 
朱音が早口で、巻くし立てる。
 
「質問とか説明とか、めんどくせー奴だなーお前。
まぁいい、教えてやるよ。俺がここに来たのは、お前にルーンを伝授するためだ。」
 
「ルーン?なにそれ?」
 
「ルーンってのはだなぁ、さっき俺が使ったやつだ。あれは
アンスールっつってな、言葉を制御する効果を持ってんだ。ま、ほかの意味もあるがな。」
 
……
キョトン顔で朱音が、ハールを見ている。当たり前だ、平平凡凡の一般人にとっては理解不能だ。
構わずに、ハールは続ける。
 
「で、アンスールは、ルーンの中の一つでな、意味分かんないもん含めて全部で32文字、単語まで使うと
……200くらいか?」
 
ハールが少し上を見上げ、指を折って数えている。
朱音は内心、200をどうやって指で数えるのよ!
なんて思っていた。
 
「ま、そういう事だから。朝にゃルーン使いとしての認定の儀式やるからな。」 
と、勝手に話を進めるハールに朱音は切れた。現代子だから仕方がない。
 
「勝手に話を進めるなー!」
 
と、叫びながらハールに殴りかかった。
床にものが落ちる鈍い音。で、落ちたものは朱音。
 
「ったー
……。」
 
ぶつけた頭を摩っている。だけど痛みよりも、目の前で起きた珍事件の方が気になる。
たしかにハールの顔を拳は捕えた。しかし、拳は空を切った。
 
……へ?ユーレー?」
 
みるみる内に朱音の顔が青ざめて行く。まさか、信じない。てか、信じたくない
……
 
「ユーレーねぇ。ちけぇかもしんねぇなぁ。」
 
と、ハールは、自分の顎をなでながら、そういえば、みたいな感じで想いにふけっていた。
 
「どどどどどどーゆー事ヨ!」
 
驚きのあまり舌は回らないし、声は裏返る。
 
「どういうことか知りたいか?」
 
にやっと笑って言ったハール。
ブンブンと首を縦にふる朱音。
 
「そこまで知りたいなら教えてやるよ。
――俺はな……。」
 
固唾を飲んで次の言葉を待つ。
 
――……神だ。」
 
……は?」
 
開いた口が塞がらない。塞ごうと顎を持ちあげるが塞がらない。ついでに目は見開いたまま。
 
「なに馬鹿面してんだ。あ、そうか、俺様のかっこいい〜顔にみとれてんだな。そうかそうか、気が済むまでみるがいい。
はっはっはっ!」
 
「んなわけないでしょ!このナルシスト!なんであんたみたいなんが神様なのよ!あーショックー!慰謝料ちょうだい慰謝料!」
 
朱音がハールの顔に近付かんばかりに手を突きだした。くれっ!
 
「はっはっはっ!ナルシストか、残念だなー。俺はギリシャの神様じゃないぜぇ〜。」
 
「うっさい!」
 
「冷たいねぇ。まぁ、とっとと寝ろや。明日、儀式なんだし。」
 
「寝られるかぁ
――!」
 
それを聞いたハールはため息をついて、仕方がない、みたいな感じで、口を開いた。
 
……絶氷の姫君よ、この者に安らかなる氷の時を与えたまえ。ルーン、イス、我が名、ハールバルズにおいてお前を使う。」
 
ハールがかざした掌に
Iみたいな蒼白い文字が浮かぶ。そのとたんに、朱音は睡魔に襲われた。
 
「何
……した、の、よ……。」
 
朦朧とするなかで、意識を保つ事は容易くない。朱音はまもなく、その場に崩れ落ちた。
 
「イスの意味は停止。そこを少しいじって眠りの意味にしたんだよ、って、聞いてないか。」
 
寝息たてる朱音を見て、ぼりぼり頭を掻きながら、ハールが少し残念そうに言った。
でも、実際に思っていたことは、
こいつ、運べねぇし。どうしょーか。だったりする。


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