Drawinr2
蝉の鳴き声がやかましいそんな夏の朝。
ただでさえストレスが溜るこの環境だ。なのに堅い床で寝てた(寝かされていた)ため、余計にストレスが溜る。
首は痛いし、腕も痛い。あたしはどんな体勢で寝てたんだ。
なんて思っていたが、実際に出てきた言葉は、
「あっつー……。」
だった。
全てのだるさを表すことができる夏だけの言葉。
「あ゛〜……シャワーでも浴びてこよ……。」
「どっちにせよ独り言かよ。」
ぬっとハールが朱音の顔を覗きこむ。
きゃ―――――――――。
「あひゃひゃひゃひゃ!き、きゃーだってよ!あひゃひゃひゃひゃ!」
下品な笑い声が夏の朝に響く。でも、聞こえているのは朱音だけ。
「ななななな、なにしてんのよ、ハール!」
ざっと音が出そうな勢いで朱音が壁まであとずさる。
「あー、は、腹いてぇ!」
そういってまた笑いころげた。
………。今の内に逃げとこう。それが得策だ。なに言われるかわかんないし。
そう思ってそろそろと部屋から出ていったが、目の前のものを見て思い出した、
「どこ行くんだよ。あ、風呂か?」
壁から顔だけ出して行く手に現れたものだ。
そういやこいつ、霊体だった。またクラクラする……。勘弁してよホントに。
「うっさい!」
そういい、足早に去ろうとしたが、相手も同じペースでついてくる。
「ついてくんな!」
「かっかっかっ!いいじゃねぇか、別に。」
「あんたなんか変なこと、ほらっ!鼻の下のびてる!滅べ!」
そうは言っても相手は霊体だ。滅ぼす手段がない。いや、まてよ。あれ効くかもしんない。
そう思い、朱音は別の部屋へと足を運んだ。そう、目的のものはそこに。
「なにしてんだ?風呂はそっちじゃねぇだろ?」
「着替えよ。って、なに人の家探索しとんじゃ!」
「気にしない、気にしない。」
「……変態。」
その言葉にショックを少々受けたハール。あんがいナイーブだったりする。
今だ!
朱音は、隙をみて走り出した。
でも、目的地は風呂場。
戸を勢い良く開け、勢い良く閉める。罠を仕掛けて♪
「閉めたとこで意味ねぇのによ。」
にやっと笑う変態。
そう言って、顔からすり抜けようとしたが、電気のような衝撃が走った。
ぎゃ―――――――――。
がらっと朱音が戸を開け、その隙間から外を観察。
隙間からは、黒こげの物体が見えた。
「なに、しや、がっ、た……。」
「神社で貰ったお札はったのよ。いや、まさかこんなに効くとわ……、しばらく風呂場の戸に貼っとこ。」
「――あぁ〜、酷い目にあった……。」
「自業自得よ、まったく。これに懲りたらもうしないこと。……あれ?もう傷なおったの?」
たしかに黒こげだったハールが普通にもどっている。
「んあ、これか?これもルーンの恩恵だ。」
どうだ、すごいだろ。と言わんばかりに胸を張る。
「どうだ、ルーン使いになりたいだろ。今なら専用ナイフ“ドゥローニル”をつけて、5万トゥース!」
「どこの金よ、それ!?」
「金とは言ってねぇぞ?俺は。」
「じゃあ、なんなのよ。」
「歯、5万本。」
そういってハールは、自分の歯のなかの牙を指した。
「……どこの変態が集めるのよ、そんな悪趣味なもん。」
「冗談だよーん。ってか!ノリわりぃーな、お前。」
あー、つまんねぇみたいにふんぞりかえる。
「だってメンドーじゃん。いちいち相手にしてたら。」
朱音の言葉を聞きもせず、ハールはいきなり真面目顔で言い放った。
「……本当はな、1アイだ。」
「はいはい、かってに言ってなさいよ。まったく。
……あぁ――!!!あのババァまた朝ご飯用意してない!当たり前か。」
ハールをよそに、朱音は冷蔵庫に向かって文句を言っていた。
「ババァ?誰だ?
うわっ冷蔵庫ん中、なんもねぇな、本当。」
朱音の後ろから、覗きこむようなかたちで冷蔵庫を見ていた。
いつの間に後ろに?
「……母親よ。もう2年近く口もきいてないわ。」
朱音はむすっとした顔をしていた。しかし、どこかもの悲しげにも見えた。
そう左目の黒が物語っている。そんな気がする。
「ま、何があったか聞くほど俺は馬鹿じゃねぇ。」
「いいよ、別に。つまんない話だし。」
「そうか、なら聞かせてもらう。」
「あたしね――。」
朱音はそういい、語り始めた。それは今から2年前の夏のこと。朱音が中学3年の時である。
「朱音ー!」
母親の呼ぶ声。どうせまた買い物に行け、だろうな。
「……なにー?」
「買い物お願いー!卵安いから、あとねー。」
「口でいわないでって、いつも言ってるじゃない!メモ書いて、メモ!」
こんな他愛のない会話が、今日で終わるなんて、おもいもしなかった。
事件が起きたのは、買い物に行った店でのこと。
店に入いるなり、
「きみ、ちょっといいかい!」
と、店員に呼び止められた。顔を見るからに尋常じゃない。
「な、なんですか?」
「事務所まで来てもらえるか。」
「は?」
意味分からない。事務所といえば、万引きで呼ばれるくらいじゃない!
わけの分からぬまま連れていかれたあたしは、そのまま母親同伴で取り調べ。
「――お宅の娘さん、うちの店で万引きしたんですよ!?さっきは逃げられましたけどねぇ!」
聞いた話から説明すると、“あたし”が2〜3分前に万引きをして出ていったと言うのだ。
「申し訳ありません!」
深々と頭を下げる母親。
でもあたしはやっていない。身に覚えがない。だいたい、この店に今日は初めて来た。でも、あたしが店に入って出ていく様子が、防犯カメラに映っていた。何度も言う、身に覚えがない。でも、そこに映っていたのは、あたし。
「お母……。」
頬を打つ快音が響き渡った事務所内。
こういう事はしょっちゅうなのか、店員は微動だにしない。
「――!」
「お母さん?娘さんを打つ前に、先に盗ったものを返して貰えませんかね?」
キッと睨んだ母の顔。あたしは恐怖を覚えた。
「……盗ったものは?」
「だから盗ってないってば!ほらっ!」
持っていた手提げカバンを引っくり返してみせた。
じゃらじゃらと出てきたケータイや髪どめ等。
盗ったものなど、一つもない。
ところが無情にも、無実は崩れ去った。
「店員ー、近くの公園で盗られたもの見つかりましたー。」
うそだ!うそだ!うそだ!
それからは、どう帰ったか覚えていない。
その日以来、母親とは口を聞いていない。
勘当されたも同然だった。
夏休みが終わって学校に行ってみれば、誰が言いふらしたのか分からないが、その日以来、学校でも居場所が無くなった。ほとんど友達が、あたしの前から去っていった。
死ぬことも考えた。でも、死にきれなかった、ううん、怖くて何も出来なかった。
それから毎日自分の惨めさに泣いた。
高校に行くのもやめた。と言うより、行けなかった。そして、今に至る。
「――ね、つまんない話でしょ。」
「ふん、なるほどねぇ……くっくっく、親父も意地がわりぃなぁ。」
ハールの不気味な笑い声と独り言。朱音の耳には、届いていなかったりする。
「あ〜、お腹減ったな。なんか買ってこよ。」
そう言いながら、伸びをする朱音を見たハールは、無理しやがって、本当。と言おうとしたが、心の内に封印することにした。
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