Drawnir5

 

 

時は一年前に遡る。
そう、ちょうど朱音が死を思ったりと、葛藤していた頃だ。
 
 クーラーの効いた図書館で本を読む華奢な少年が一人。
しかし、彼が読んでいる本は、この図書館、いや、この世界のものではない。
一通り読み終わり、気がすんだらしく、ポンッといい音をたてて本を閉じた。
その時、古い本独特の埃臭い臭いに一瞬だけ少年は顔をしかめた。
隣に座っていた女子大生が、その一連の行動と本を見て、レポートそっちのけで捗らないペンを持っていたことに、少年は気が付かないふりをしていた。が、
 
――……さて、と。あ、頑張ってくださいね、レポート」
 
少年に突然話し掛けられ、女子大生は、え、あ、はい!と、あたふたしながら答えた。
 
 夕日沈む帰り道。少年の伸びた陰が、一層、華奢な体型を強調する。
 
突然大柄な陰が重なった。そして、少年の背中を軽く叩き、大声で、
 
「よう!秀明!何してんだ?って、また図書館かよ。よく飽きねーな」
 
この大柄な男は、秀明と呼ばれた少年の持つ本を見て、またか、みたいな顔をした。
 
……拓弥か。突然はやめてくれ。心臓に悪い」
 
秀明は若干前屈みで、本を持っていない方の手で心臓を押さえている。
 
「わりぃ、わりぃ。はっはっはっ!」
 
「はっはっはっ、じゃないよ、本当に
……。」
 
「つーかさぁ、秀明。そんな本ばっか読んでないで大学のこと考えろよ。そろそろ。」
 
……あのね、拓弥。わかってる?ボクらの立場。君は順応しすぎだよ。この世界に。」
 
そして、大きな溜め息を一つ。
 
「いいじゃねーの、別に今更よー。」
 
「あのさ、順応しきるんならさ、その髪どうにかしたらどうなんだい?」
 
そういい、拓弥の髪の毛を指す。だが指が届かない。それほど拓弥はでかい。
 
「やだね!俺はな、産まれた時からこの赤い髪なんだよ!」
 
聞く耳を持ってくれない。長い付き合いだから、そんなことは分かりきっていたけどね。
 
……その髪の色だったら、君は大学以前の問題だと思うよ。ボクは。」
 
「だったら自由な大学へ行きゃいいーじねぇか!」
 
きらりと子供みたいな目をして熱演。秀明は額に手を当て溜め息。
 
……あぁ、悪い、君が受かる大学がなかったよ。そういえば。」
 
「んだとー!」
 
髪の色と同じような顔色で殴りかかって来たが、彼の行動パターンは把握している。
ひらりと身を翻し、拳をかわす。
かわしざまに、ポケットから指輪を出し、はめる。
そして、
 
……地に住みしものに繁栄をもたらしたる古の焔よ!使い過ちた傲慢なものに裁きの焔を!ルーン、ケン、我が名前、秀明により汝の力を使う!」
 
瞬く間に、拓弥の尻に火が着いた。 
 
「あっ、熱!熱!あ
――――!!」
 
尻に着いた火を消すために道路を転がり回る。それを通りかかった親子連れが、変な目で見ていた。
 
「お母さーん、あれ何?」 
「見ちゃいけません!」
 
拓弥はそんな冷たい目線を気にしている場合ではなかった。
 
――あー!酷い目にあった!どうしてくれんねや!俺のズボン!」
 
「ヤンキー口調で言わないでくれよ。
……そうだね、とりあえずは上着でも腰に巻いときなよ。みてるこっちも恥ずかしい。」
 
拓弥のズボンは尻のところが丸こげだった。
本人も、とりあえず羞恥心があるらしく、おとなしく上着を腰に巻いた。
 
……お前に関わるとろくなめにあわねぇ。だいたいあの時のだってよー!」
 
噛みつく様にいい放ったが、秀明は聞き流し言った。 
「まだ根に持っていたのかい。だからあれは事故だってずっと言っているじゃないか。あの時はボクの方が被害者だ。」
 
 半年前のことだ。授業中にボクが硫酸を運んでいるときだった。
さすがのボクもその時は慎重だったよ。危ない薬品だからね。
そして、事件は起きた。
拓弥がいきなりボクの前で伸びをした。ただでさえでかいんだ、当然ぶつかる。硫酸が宙を舞う。
悲劇は止まらない。
たまたま目の前にいた、拓弥の恋人の高瀬志穂(しほ)に降りかかった。
さいわい、大事にいたらなかったが、彼女自慢の長い髪の半分を、ショートヘアーくらいに溶かしきっつてしまった。
志穂は悲鳴をあげつつ泣いていた。
それからは、彼女の悲鳴よりも、拓弥の方が怖かったさ。まぁ、気付いた時には彼をからかいつつにげていたけどね。だけど、結局は殺られ役を演じたよ。後々面倒臭いから。
けれど、ボクも腹を立てていた。だから、気が付かれない程度にルーンで懲らしめてやったよ。
 
 
――でもよー!」
 
……いいじゃないか。あの時は全てボクが責任とったんだからさ。お陰で君と高瀬は未だにうまくやってるんだし。」
 
「くっ!そこに持ってくるか。」
 
しまった。みたいな顔をして拓弥が食い下がる。
 
……拓弥。ボクもう帰りたいんだけど。」
 
「おお、そうだな。俺も帰らなきゃな。志穂の手料理が待っている。」
 
顔をデレッと綻ばせてにやける拓弥。それを見て、驚愕の様子の秀明。
 
……まさか、君達、同棲してるってことは、ないよね?」
 
「えぇー。まさかのまさか。むふ

 
更にデレッ。更に驚愕。
 
……まさか君がそんなことをしているとは、夢にも思わなかったよ。」
 
肩を落として溜め息をついた。拓弥に関わると溜め息が絶えない。しってるかい?生物は3憶回呼吸すると死んじゃうんだって。
 
「はっはっはっ!いいじゃねーか!俺らは自由主義だからよ。そんじゃ、俺かえるわ、じゃーな!」
 
そう、いいのこし拓弥は家路についた。
 
……自由主義か、たしかにね。さて、ボクも帰るかな。」
 
沈みかけの夕日を背に家路につく。
 
 
 「
――……ただいま。」 
暗い部屋に秀明の声が虚しく木霊する。
だが、彼は続ける。
 
……異界の扉よ、今ここに開かれん。我を死者を統べる者の国へと誘いたまえ(いざな)。ルーン、ソーン、我が名、秀明において汝の力を使う。」
 
文字の周りを光が渦巻く。そして、光が晴れた時には、そこに門があった。
やはり、趣味が悪い。今度は、火竜の骨が装飾に使われていた。
秀明を招く様に、扉が軋む音をたて開く。
 
……ただいま。ヘル。」 
……。」
 
話し掛けた闇からは、返事がない。
彼は胸騒ぎを覚え、道の見えぬ道を、一心不乱にはしった。
そして、目的地の扉を開け放つ。
 
彼は目を疑った。そして、暫く言葉を失った。
 
ロウソクの灯りに照らされる、床に仰向けに倒れこんだ
モノ
腐敗臭を放つそれは、黒いローブを纏っていた。ただ、人型は留めていない。うそだ、昨日までは
……
 
――……ヘル?」
 
不思議だ。焦っている、なのに。泣きそうで、体が震えている、なのに。
……なのに、口元にひきつった笑みが浮かぶ。
 
ヘルとよばれたモノは少しばかし動いた。いや、うごめいた、が正しいかもしれない。
 
「ヘル!」
 
それを見て我に帰った秀明は無我夢中でヘルに駆け寄り、手を握り締めてやろうと、手、らしきものを掴んだ。だが、腐乱した肉体特有の、いやな臭いを放つ汁と、腐り落ちた肉塊を掴んだだけだった。秀明の顔から、みるみる内に血の気が引いていった。
 
「う、あぁああぁあ!!!ヘル!ヘル!頼むから、頼むから、返事をしてくれ
……。お願いだ、ボクを一人にしないでくれ……。」
 
激しくこみあげる悲の情。耐えず、涙が溢れ出す。
 
……おとう、様……。泣かないで、下……さい。」
 
「ヘル!?
――あぁ、良かった……死んでいなくて……。」
 
今度は安堵で涙が溢れる。 
「なに
を、仰っておられ、るの……ですか。……私は、この、国で死ぬことは……ありま、せん。」
 
口なき口が動き、ヒュー、ヒューと息が漏れる耳障りな音をたて、限界を越えた体でヘルが言葉を紡ぐ。
手の甲で涙を拭い、秀明が答えた。
 
「あぁ、そうだった。
……ゴメン、ボクとした事が、すっかり取り乱してしまったよ。でも、ヘル。どうしてこんなことに?」
 
途切れ途切れの今にも消えそうな声で語り始めた。
 
……十七年、前お父様や、トール様達を、現世に蘇らせた、ため、で……す。」
 
秀明の表情は、凍りついたと言う言葉がぴったりと当てはまった。
 
「なら、どうしてボクを蘇らせたんだい?ボクはここで十分だったなに。」
 
「それ
は、オー……ディン、様の、好き、勝手にさせたく、ありませんでした、から。」
 
「オーディン?どうしてオーディンの名前が出てくるんだ?」
 
早口で巻くし立てる。
 
「それは
……オーディン、様がラグナロクを、引き起こ……した、から。」 
なんだって!?オーディンが、ラグナロクを引き起こした?そんな、バカな。
 
「ヘル、君がいくらボクの娘だからって
……。わかってるだろ?アレを引き起こしたのは、ボクのイタズラだ。」
 
冷や汗が額から吹き出し、顎から床へと滴り落ちる。 
はい……。ごめんな、さい……お父、様。もう、からだが、持……ち、ません。ごめんなさい、全てを、語る事が、でき……なく……。」 
それだけヘルは言い残すと、眠りについた。
同時に、今まで維持していた限界の体は、崩壊した。秀明の目の前で。
 
そして、足早に一年が過ぎていった。まるで、一夜に見た、夢のように。
 
 
 「ごめんな、こんな体しか用意出来なくて。」
 
「いいのですよ、それよりも、お久しぶりです。お父様。」
 
「あぁ。」
 
「いいですわね、腐っていない体は。ふふ」


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